※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2023年11月30日(木)に行った講演の要約を掲載しています。

 新聞・テレビなど大手のメディアをそれなりに見たり読んだりしているが、本当のことがあまり表に出てこないので、国民に真実が伝わっていない。そのことを日頃から大変強く感じている。メディアの人達は報道の自由や表現の自由を力説するが、私の目から見ると「報道しない自由」を謳歌しているのが今の大手メディアではないかと感じる。

 今から30年ほど前、いわゆる日本のバブル経済が異常なまでに大きなうねりになって、そういう中で日本の経済力が世界で1位、2位を争うところまで大きくなっていた。その後、バブルが崩壊し、「失われた10年」と言われ、失われた10年が20年となり、今や「失われた30年」と言われている。長らくデフレからの脱却がテーマになってきたが、デフレ脱却の決め手になるような政策が一向にとられてこなかった。

 私はよく話すのだが、政策が変われば必ず社会は変わる、社会が何も変わっていないのは政策が変わっていないからである。これまで繰り返し言ってきたが、デフレ脱却を金融政策だけで実行しようとしたことが、最大の失敗だと思っている。黒田前日銀総裁が日経新聞のコラム「私の履歴書」を書いているが、私は全く読む気にならない。黒田前総裁だけの責任ではないが、本来、経済財政政策でデフレ脱却を果たすべきところを金融政策だけで実行しようとしたことに根本的な間違いがあるわけで、いつまで経ってもデフレが脱却しないままずるずると来てしまったのである。

 私は経済の専門家ではないが、専門家でないだけにすべてをできるだけ簡略化して捉える習慣が身についている。デフレは結局のところ需要と供給とのバランスが完全に狂ってしまって、供給過剰になり、物価が持続的に下落する状態のことである。需給バランスが狂って、圧倒的に供給が多くなっているのであれば、供給を減らすことが一つの政策としては正しいかもしれない。しかし、供給さえ抑えていけば、それで経済がよくなるかと言えば、そういうものではない。供給をある程度のところまで減らす必要はあるかもしれないが、むしろそれから先は需要を増やすための経済財政政策を大胆に実行しなければ景気はよくなるはずがないのである。

 ところが、政府は需要政策を一向に実行してこなかった。時々の政権が各省庁を動かして行政を行うことは当然のことだが、私の目から見ていると、どうも財務省という役所が政治の上に君臨しているように見える。そして、財務省は一貫して緊縮財政と増税を考えながら財政運営を行っている。これでは需要が増えていくはずはなく、経済活動はますます冷えていく。ここは政治が思い切ってリーダーシップを発揮して財務省をコントロールしなくてはいけないのだが、それができていないのが現状である。

 例えば、かつて日本の社会インフラが十分に整っていなかった時代に、早く道路を整備しなければ経済が発展しないと考えた田中角栄さんは道路整備を集中的に進めようとした。ところが財務省が「道路整備に集中してお金を使うことはできない」と難色を示したことから、それでは自分が代わりに考えると言って作ったのが、いわゆる道路特定財源制度、道路特別会計である。道路整備の目的のためにガソリン税と自動車重量税を財源に充てる仕組みを作ったわけだが、ご承知の通り既に廃止された。廃止したのならば、ガソリン税や自動車重量税は当然止めるべきである。

 与野党間で今議論しているのは、トリガー条項と言っているが、ガソリンの平均価格が3ヶ月連続で160円を超えた場合に、ガソリン税の上乗せ分(約25円)の課税を止めるというもの。トリガー条項について岸田首相は与野党で十分議論すると言っているが、こういう議論をすること自体が本来の政治家とすればおかしいのである。トリガー条項云々ではなく、道路特定財源を止めたのだから当然ガソリン税をなくさなくてはいけない。それがなくなっていれば今のような騒ぎは起こっていない。事程左様に財務省のコントロールのもとに政治が動かされてしまっている。そうこうしているうちに日本の総合的な国力が低下を続けてきたのが、この30年である。恐らく皆様方も実感していることと思う。そこで、世界の国々の国力を評価する指標を調べてみた。

 まずはGDP(国内総生産)。かつて日本は世界第2位の経済大国と言われた時代があった。また、1人当たりのGDPも世界1位をルクセンブルグと争うような時期があった。ところが、それがどんどん低下してしまい、2010年には中国に追い抜かれた。その中国は成長を続け、残念なことに日本は今や中国の4分の1以下の水準に落ちてしまった。そして今、ドイツとほとんど同じ水準になっており、恐らく来年早々にはドイツに追い抜かれ、世界第4位になると見られている。更に2年後にはインドにも追い抜かれるだろうと言われている。これはIMF(国際通貨基金)の試算によるものだが、GDPそのものを比較しても他の先進国が順調に大きくなってきたのに残念ながら日本は停滞したままである。

 1人当たり名目GDPは、先ほど申し上げた通り、90年代はルクセンブルグと1位、2位を争っていたが、日本は2001年に5位、2010年に14位、2018年には20位に落ち、ルクセンブルグの3分の1の水準。2019年には27位まで落ち込んでしまっている。恐らく今年度中には台湾に追い抜かれ、来年度中には韓国に追い抜かれるだろう。2023年の直近のランキングでは日本は31位まで落ち込んでいるのである。

 世界各国の平均年収(2021年)を見ると、日本円換算で、アメリカがトップの734万円、アイスランドやルクセンブルグ、スイスなどは700万円台、韓国が444万円であるのに、日本は408万円となっている。更に最低賃金の比較(2021年)で見ると、最も高い国がオーストラリアで、時給1,365円、日本は868円である。政府は全国平均で時給1,000円に引き上げる目標を掲げているが、デフレが長く続き、企業に賃金を引き上げる力が出てこないということだろう。IT技術者の給与のランキングで言うと、スイスが1位、アメリカが2位、日本は20位で、スイスの給与の4割しか貰っていない。

 海外に出られた方は、円安で日本の力がいかに落ちているかを感じられると思うが、ラーメン1杯が日本では600円~700円だが、欧米では日本円に換算して2,000円~3,000円が一般的、ニューヨークでは5,000円を上回るようなところさえある。世界共通の食べ物、質が同じで値段がどうなっているのか、一つの指標として使われるのがマクドナルドのビッグマックの値段。日本は390円で世界41位、欧米はだいたい700円以上で日本の2倍前後、スイスは約2.4倍の925円である。

 また、株式の時価総額ランキングを見ると、1989年、バブルの終わりの頃は、トップ50位以内に日本の企業が32社入っていた。そのうち、11社は金融機関であり、しかもトップ5は全て日本の企業だった。1位はNTT、2位~5位は銀行で、トヨタは11位だった。ところが、それから30年が経って、今は31位にトヨタが入っているだけである。

 世界の大学ランキング(2023年)を見ても、上位100の大学の中に、日本はわずか2校のみ。39位に東京大学、68位に京都大学がランクインしているだけである。中国は精華大学や北京大学をはじめ、6校が入っている。

 英語力ランキング(2023年)を見ると、英語能力レベル5段階のうち、「非常に高い」とされるのがオランダ、シンガポールなどの12ヶ国。次に「高い」(13位~30位)グループとして、アジアでは香港が29位に入っている。「標準的」(31位~63位)なグループには韓国が49位で入っており、「低い」(64位~90位)とされる中に中国が82位、日本が87位で入っている。

 国際金融都市ランキング(2023年)を見ると、1位ニューヨーク、2位ロンドン、3位シンガポール、4位香港、5位サンフランシスコとなっており、東京は20位である。アジアでは7位に上海、10位にソウル、12位に深圳、13位に北京が入っており、それよりも遥かに下になってしまった。

 報道の自由度ランキング(2023年)を見ても、日本は残念ながら68位で、韓国(47位)よりも下回っている。

 一方、先日、ドイツ・ミュンヘン再保険会社が発表していた世界大都市の自然災害リスク指数(数値が高いほど危険度が高い)を見ると、東京・横浜がダントツの710.0、次がサンフランシスコの167.0、ロサンゼルスが100.0、4位が大阪・神戸・京都の92.0、その他の大都市はかなり指数が低い。これを見ても自然災害が発生するリスクは、東京・横浜がものすごく高いことがわかる。

 以上のように、現在日本の置かれている状況が数字の上ではっきりと示されていることがわかる。だが、日本の国力が低下していることを最も認識しなくてはいけない政治家がほとんど理解していない。政治家の人達がこういう状況を正しく理解していれば、もっと変わってくるはずだが、先進国意識を持ち続けながらぬるま湯に浸かっているような状況で、一向にこれを打開しようという政策が出てこない。(続く)