※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2023年11月30日(木)に行った講演の要約を掲載しています。

 私は現職の頃に、よく歴代の総理に予算委員会で質問した。その時に、「なぜ自民党政権はこんなに長く続いたのですか?」と質問をすると、誰からも私が納得するような答えは返ってこなかった。その時に私は自分の意見として、長く続いた自民党政権の最大の功績は「1億総中流社会」といわれる社会を作ったことであり、それを多くの国民が評価したからだと述べたが、今でも同様に思っている。バブル期までは多くの人達が、自分は決して金持ちではないけれどそれほど貧しくもない、そこそこのところにいるのではないかという気持ちを持っていた。ある程度の可処分所得が得られて、それが確実に増えていったから、ある程度買いたいものが買えた。家計が豊かになることは国民にとっては一番大切なことであり、そのことをしっかり考えることを今の政治家は忘れてしまったのではないかと思う。経済の語源となっている「経世済民」は、世を経(おさ)め、民の苦しみを済(すく)うことである。その根幹の部分を忘れてしまっているのが今の政治ではないだろうか。

 1955年に左右社会党が一つになって日本社会党を作り、それに呼応するような形で保守合同が行われ、今の自由民主党が発足した。それまでに片山哲社会党内閣、芦田均民主党内閣が少しの間政権を担ったが、保守合同以後は長く自民党の政権が続いてきた。国民生活が決して豊かではなく、まだ苦しかった時代に、少しでも家計を豊かにしなくてはいけないということに最重点を置いて自民党は政治を行ったのである。1960年に発足した池田内閣では、池田勇人首相が所得倍増計画を唱え、国民は大歓迎した。その政策の効果が表れて、日本は高度経済成長の流れに乗ることができ、GDPが大きくなっていった。当時、自民党は世界第2位の経済大国を目指すことを政治の目標にしたわけではない。とにかく家計を少しでも豊かにするために様々な政策を実行したのであり、その結果として中間所得層に極めて厚みのある社会を構築することができた。そのことが圧倒的な消費力を生み出し、GDPが大きくなったのである。GDPは申し上げるまでもなく7割近くは個人消費なので、個人消費が大きくならなければGDPが大きくなるはずがない。

 もう一方で大切なのは企業の設備投資だが、国内需要がないのに国内に設備投資をするわけがない。当然のことながら個人消費が上向いていく中で自然に国内への設備投資も出てくるのである。与謝野馨さんが経済産業大臣と財務大臣を兼務していた頃のことだが、与謝野さんに「財務省主導の緊縮財政、増税路線で日本はよくなるはずがない。デフレは解消するはずがない」と質問したことがある。その少し前、アメリカのクリントン大統領が政権を取っていた時代に巨額の財政赤字と貿易赤字という、いわゆる双子の赤字を解消するため、思い切って所得減税と公共投資を行った。その政策効果が表れて、クリントン氏の任期中に双子の赤字を見事に解消し、成長路線に乗せた。日本の財務省路線であれば、緊縮財政と増税をやるだろうが、クリントンは真逆のことをやった。そのことを例に挙げて質問をしたが、「アメリカの例は日本の参考になりません」と一言で片づけられてしまった。個人消費が大きくならなければGDPは大きくならない。国民の家計を少しでも豊かになるような政策を思い切ってやらない限り、日本の経済は落ち込むばかりであり、ますますその感を強めている。

 岸田首相が一昨年、総裁選に出た時に掲げた基本政策は、かなりいいことを言っていたので、そのまま実行してくれればよいと思っていたが、総理になったら全く実行に移されず、「検討します」ということばかり言っているので「検討使」というニックネームが付き、また、増税ばかりをチラつかせるから「増税メガネ」と揶揄されている。今度は、ご機嫌取りのように所得税・住民税の減税だと言っているが、そんなチマチマした減税を一部の人達にやったところで、日本の経済がよくなるような状況ではない。これを突破するにはよほど大きな政治の力が必要になると思う。私が大変お世話になった田中角栄さんのような政治家が今おられれば何をやられるだろうかと思う。角栄さんは確かに悪い面もあったかもしれないけれど、官僚を使いきることでは今の政治家にはとても真似ができないと思う。大蔵大臣になった時に「私は学校もロクに出ていない。君達は東大法学部を1番、2番で出たような秀才ばかりだ。だけど今、俺は大臣という立場でいる。責任は一切俺がとるから、俺の言う通りにやれ!」と言った。果たしてそういうことを言い切れる政治家が今いるだろうか。とにかく悪いことはすべて他人に擦り付けて自分はいいところ取りをする人ばかり目立っているように思う。

 これまで何度も言ってきたが、消費税は凍結すべきである。そして再び消費税を導入する時には、道路特定財源と同じようなケースになるが、社会福祉税という目的税につくり替えて、医療・介護にしても、あるいは子育てにしても、社会福祉については皆様から薄く広くいただく税金で賄っていく。その全体像を明らかにし、これだけのことをやるにはこれだけの財源が必要ですと国民に説明をすれば、国民も理解をすると思う。もともと消費税を導入する時には、社会保障を充実するために導入するのだと言っていた。その通りに使われているのならば、社会保障はもっとよくなっているはずだが、全く変わっていない。過去の衆参両院の選挙の時の国民の強い要望は、「家計を豊かにしてほしい」「所得を増やしてほしい」「可処分所得を増やしてほしい」と判で押したように同じだった。もう一つは、「年金や医療、社会保障の将来展望をきちんと打ち出してほしい」ということである。近々、総選挙があるかもしれないが、国民の要望は変わっていないと思う。それに応えていくためにも思い切った政策を実行しなければいけない。ただ、今の岸田内閣が打ち出しているような政策ではとても国民の要望に応えることは不可能だと思う。

 野党の人達に最近よく話すのは、政権を再び獲得する絶好のチャンスが来ているということである。それなのに、なぜ思い切ったことを言わないのだろうか。今、国民は自民党に見切りをつけている、岸田内閣に大きな期待は持てないが、かといって他に切り札になるような人がいるかというと見当たらないというところだろう。

 いずれにしてもどういう国を作るのか、どういう社会を作るのかという大きな国家ビジョンを示して、それを実現させるための基本政策を具体的に明らかにしなくてはいけない。大きなメッセージを出せば、国民も理解していただける空気が強くなってきているのに、野党が全然まとまらないし、思い切ったことをやる人がいない。非常に残念なことだが、何とかしなければいけない。野党の心ある人達の中に、勇気を持って、自ら犠牲になっても思い切った政策を実行するという人が出てきて、一つの政治勢力を結集していく方向に向かってくれればよいと思っている。私が定期的に開催している勉強会に参加している人達がいずれは立ち上がってくれるだろうと信じている。(続く)