※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2022年11月30日(水)に行った講演の要約を掲載しています。

 矢野氏が大量の国債発行で国は破綻すると語る一方で、同じ役所の財務省はかつて日本国債の格付けが落とされた時に、世界の代表的な格付け会社に意見書を出しています。2014年、ムーディーズが日本国債の格付けを「Aa 3」から一段階引き下げて「A1」にしました。また2021年、S&Pグローバル・レーティングは「Aa 3」から「A1」に落とした格付けをそのまま据え置きました。そのことに対して財務省は意見書を出しているのです。

 意見書を読みますと、日米のような自国通貨を発行している先進国が自国通貨建ての債券を発行している限り財政破綻はあり得ない、と言っているのです。しかも日本は国債を外国に買ってもらっているのではなく、日本国内で引き受けてもらっている。引き受け手が少なくなれば当然金利は上がるのですが、各国の国債と比較しても日本ぐらい国債金利が低い国はない。極めて安定した状況で国債が消化されていると言っているのです。

 外貨準備高はいま140円換算で、182兆円あります。対外純資産、これは海外に持っている民間・政府の合わせた資産から負債を差し引いて残った純資産のことですが、411兆円で世界1位です。

 財務省は格付け会社に対して、「国債の格付けというのは、財政状況だけでは判断すべきではない。総合的な経済のファンダメンタルズをしっかりと見た上で、格付けを決めてほしい。」ということを言っておいて、同じ財務省のトップが国民に向かって「財政破綻をする」と言っている。これは一体どういうことでしょうか。

 結局、矢野前外務次官なり財務省の人達の悲願は、増税を行い、緊縮財政を実行することによって、いわゆるプライマリーバランスを黒字化したいことにあります。こんなに国民が苦しい生活をしている時に、財政を黒字化して何の意味があるのでしょうか。国家財政というのは国民のためにある。国民生活を守るために国家財政があるのです。どうも矢野前次官などの話を聞いていると、国家財政を守るために国民がいると思っているのではないか。国民を見下しているのではないかと思えてなりません。

 財務省の官僚には、税金を集める権限とそれを配る権限を一手に自分たちが握っているというエリート意識があるのでしょう。1989年に竹下内閣の時に消費税が税率3%で導入され、1997年に5%に引き上げられ、その後、しばらく上がりませんでしたが、第2次安倍内閣の時の2014年に8%に引き上げられた後、2019年に10%まで引き上げられました。景気変動に左右されずに税収が得られるわけですから、財務省にとってはこれほど安定した財源はありません。消費税率を引き上げる時に財務省はいつも「社会保障の安定のため」と言います。消費税が本当に社会福祉の充実のために使われているのなら、年金にしても医療、介護にしてももっと改善されているはずです。ところが全然よくなっていないから依然として同じ要求が続いているのです。

 1989年に消費税を導入した後、何回も段階的に法人税の税収を引き下げています。それと所得税の累進税率を緩和しています。要するに大企業や富裕層の人達を優遇していることは間違いありません。法人税や所得税が減った分を消費税で賄っているのが実態なのです。消費税は、私に言わせれば消費に対する罰金のようなものです。消費をしたら必ず取られますし、逆進性が非常に高いわけです。大企業や富裕層にとっては消費税率を少々上げたところでそれほど影響はないでしょうが、食料をはじめとする生活必需品は買わなければ生きていけないわけですから、中間所得層、低所得層にとっては所得の多くをそうした消費に回さざるを得ないわけです。そういう人達の負担感はものすごく大きいわけです。

 こうした中、2020年度の税収で、消費税の税収が所得税の税収を初めて上回りました。法人税や所得税は伸びていないのですが、消費税が伸びているから、過去最高の税収になっています。そんなことで国民が喜べるはずがありません。一部の富裕層を除く、多くの国民が可処分所得を減らし、消費を減らしていく中で更に増税になれば、結果的に税収が減り、財政破綻が近づいてくるのです。大量の国債発行によって財政が破綻するのではなく、財政健全化のために進めようとする財務省の緊縮財政と増税という誤った政策によって財政破綻するという、喜劇のような悲劇に見舞われることになってしまいます。

 今こそ政治が頑張らなくてはいけない時だと思います。政治家が国民生活の危機をよく理解し、財務省を抑え込んで思い切った経済財政政策を断行しなければなりません。

 国民が大変な思いをしている時に国民を救う。「経済」という言葉は今更申し上げるまでもありませんが、「経世済民」からきています。「世の中を治めて、民を救う」ことが経済です。そのことをもう一度真剣に考えてみるべきです。世の中を混乱させて、国民を痛めて、何のための財政再建なのでしょうか。国家財政というのは国民を守るためにあるのだという原点に立ち返る議論が、政治の場で堂々と行われるようになってほしいと思います。

 平気で嘘をつく、そして自らの言動に対して何ら責任を取らないリーダー達を安倍政権はつくり出してしまいました。公文書の改竄を命じた財務省の幹部は一切責任を取らない。そのために犠牲になった人の弔問にも担当大臣は一度も行かない。こういう情のない政治をやっていて国は持つはずがないと私は思います。

 やはりリーダーの責任、特にトップリーダーが自らの言動に責任を取る姿勢を示してこそ、初めて政治に対する信頼が出てくるのです。「信なくば立たず」。私が直接指導を受けた佐藤栄作元首相がよく使われていた言葉です。「どんなによい政策があっても国民が政治に対する信頼を失くしてしまったら実現させることはできない」。今の政治家にはその言葉をもう一度しっかりと噛みしめてほしいと思います。(了)