※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2022年11月30日(水)に行った講演の要約を掲載しています。

 かつて自民党にいた頃、森内閣の時に亀井静香さんが政調会長、私が政調会長代理を務めていました。私と政調会長は「とにかく総需要を増やすための緊急経済対策を実行しないと日本はどんどん落ち込んでしまう」という共通認識の下に、嫌がる財務省をはじめ、各省庁の事務次官を昼夜を問わず引っ張り出して緊急経済対策を取りまとめました。それを森内閣に提出し、閣議決定をしてもらう段階までいき、自民党の各リーダーのところに政調会長と私が手分けをして直接出向いて説明をしました。

 今でも覚えていますが、当時、森元首相が派閥の代表から外れて総理大臣になっており、代わって小泉さんが派閥の代表を務めていたのです。小泉さんを訪ねて、需要を増やすための緊急経済対策の説明をしたのですが、ほとんど話を聞いていませんでした。最後に何を言ったかというと、「亀井さん、今そんなことをやってもダメですよ。今必要なのは構造改革、構造改革です。」との一言。構造改革は何を指すのかと尋ねても一向に答えませんし、その後、総理になってからも説明がありませんでした。

 結局、森元首相が辞任し、あの時に取りまとめた緊急経済対策は表に出なかったのです。その後、小泉内閣が生まれ、政調会長になった麻生太郎氏と相談して自民党内に総合経済調査会を作り、私が会長を務めました。毎月、政府の「月例経済報告」と日本銀行の「金融報告」を受けて様々な議論を行いました。その時、日銀にインフレターゲットを設定させて、そこに向かって日銀に、今日で言ういわゆる量的緩和をやらせようという議論が相当根強くありました。しかし私は「それでは絶対にデフレは解消できない。適切な経済財政政策をとらずに金融政策だけでデフレが解消できるなんてことはあり得ない。」と言って、議論を抑えた思い出があります。

 今振り返ってみると、私の考え方は間違っていませんでした。安倍元首相が政権に復帰したのは2012年、翌13年から日銀総裁に黒田東彦氏が就任しました。黒田総裁は「2%の物価上昇に持っていくために、低金利政策を取り、更に低金利が効かないのであれば異次元の量的緩和を惜しみなく実行する。」と語り、日銀の当座預金をどんどん増やしていきました。

 その結果、経済はよくなったでしょうか?日銀の当座預金をいくら増やしたところで、実体経済の中でお金が回らなければ経済がよくなるはずはありません。デフレは需要と供給のバランスが狂っているのですから、総需要の足りない分、供給過剰になって、そこにいわゆるギャップが生じる。このデフレギャップが埋まるまでは、個人消費を促すために家計の可処分所得を増やす大規模な減税とともに、積極的な財政支出をやらなければ、民間が弱っていて民間が投資をしない時にいったい誰が投資するでしょうか。その時こそ政府の出番なのです。とにかく思い切った財政支出をやらなければいけません。

 GDPの6割以上は個人消費です。個人消費と投資がGDPのほとんどと言ってもいい。その個人消費が伸びないのは当然です。可処分所得が全く伸びていかないわけですから、消費に回るはずがありません。将来不安だけがあります。年金はどうなるのか、医療はどうなるのか。過去何回かの国政選挙の時の多くの有権者の要望は何も変わっていません。第一は景気をよくしてほしい、所得を増やしてほしい、少しでも買いたいものが買えるよう可処分所得を増やしてほしいということです。2番目は、社会保障を充実させて将来への不安をなくしてほしいということ。年金や医療の将来展望、介護保険がどうなるのか。そうしたことにしっかりと答えてほしい。3つ目は、外交・安全保障など色々ありますが、1,2番目とは相当に差があります。

 財務省の話に戻しますが、財務省は何をやろうとしているのかと言うと、国民がこれだけ苦しんでいる時にもかかわらず、緊縮財政を行って増税をやろうとしています。私が国民新党に移ってからの話ですが、亡くなられた与謝野馨さんが財務大臣と経済財政担当大臣を兼務していた時期がありました。

 当時、予算委員会で私はこんな質問をしました。かつて1993年、米国でクリントンが政権を取った時に、アメリカは巨額の貿易赤字と財政赤字という、いわゆる「双子の赤字」に苦しんでいました。その時に日本の財務省的な発想であれば、増税をし、緊縮財政を行って、財政の立て直しを図ったことでしょう。しかしクリントン政権はそれをやらず、全く逆のことを実行しました。思い切って大規模な所得減税を実施し、個人の可処分所得を増やして個人消費を盛んにする。一方において、思い切った財政出動によりメリハリをつけた公共投資を実施したのです。その大規模な所得減税と公共投資の効果によって、経済が安定成長の軌道に乗り、3年間で巨額の財政赤字を解消しました。アメリカのよい例があるので、それを見習うべきだと与謝野さんに言ったのですが、全く聞く耳を持ちませんでした。答えようがないので、「アメリカの例は日本の参考になりません。」と述べるに止めるだけでした。なぜ参考にならないのか、突き詰めたいと思いましたが、野党の立場で質問時間が短く、それ以上突き詰めることができませんでした。

 すべてこういう調子でなかなか議論が嚙み合わなかったのですが、結局、財政出動と減税を実行しないから、いつまで経ってもデフレが解消できていないのです。「矢野論文」によれば、「財政出動しろ、財政出動しろと大合唱が起きている。バラマキに近いような財政出動を求めるような声の大合唱だ。」と言うのです。財政支出のバラマキとはなんでしょうか?財政支出については、それこそ財務省が責任を持っているわけですが、目的のない支出を認めるはずがありません。財政支出にはすべて目的があるのです。

 京都大学の藤井聡先生(経済学者)によると、「バラマキというのは、目的のない財政支出のこと」だと言います。そもそも目的のない財政支出を財務省が認めるはずはないし、今日までやったこともありません。すべて予算編成を行い、その予算案に基づいて各党が議論をし、国会を通して国家予算が執行されるわけですから、バラマキなんてできるはずがありません。本当のバラマキというのは、日銀の当座預金からお金を引っ張り出して、ビルの屋上からとめどなく撒く。それこそバラマキですが、そんなことはできません。「バラマキ」とは全く不適切な発言だと思います。そして彼らは国債が返せなくなる、国債は後世の負担になると言っていますが、これもまた全くの嘘、偽りです。

 国債というのは政府が発行する債券です。国債は「国庫債務」の略ではなく、「国庫債券」の略です。国庫債券は、国が発行している金融債券ですが、金融市場から見れば、国家が破綻しない限り最も安全な金融資産です。だから金融機関はみんな国債を買うのではないですか。

 銀行に皆さん方がお金を預けた時、その預金は銀行にとっては負債、債務です。要求があれば一定の金利を付けて預金者に返さなければなりません。一方で、銀行は信用創造をして、企業にお金を貸し出す。貸し出せば当然ながら借用書を取って適正な金利を取るわけです。その貸出金利と預金金利の金利差で利益を得るのが銀行の本来のビジネスモデルです。ところが、それが全く機能しなくなっているのが今日の状況です。

 市場に需要がないので、資金需要が生まれてくるはずがない。お金を借りてほしいところは潤沢な内部留保を積み増すばかりで借りてくれない。ですからお金が余り、それを運用しなくてはいけない。そうすると、金利が日本よりも高い外国債券、外国株式への投資という形で海外にお金が流れていく。日銀の当座預金は銀行間の決済と、日銀と銀行との間の決済に使われるお金で、強制的に日銀に預けなくてはいけないお金ですが、一部を除いて金利が付きません。金融機関が破綻をした時に、預金者を守るための準備金が必要ですから、それも法定準備率に基づいて積み立てて当座預金に入っています。

 結局、金利の付かない巨額のお金を眠らせておけば金融機関にとってよいことはありませんから、金利の付かない日銀の当座預金を国債に変えることで、金利が稼げるということがあるから、現在のような低い国債金利でも国債を買うわけです。その国債を今度は、日銀がどんどん金融機関から買っているのが現状です。今、日銀の国債保有残高は全体の4割以上、530兆円くらいに上り、国債の最大の保有者になっています。従って、日銀の当座預金残高も522兆円と大きく膨らんでいます。

 これは一体どういうことでしょうか。日銀は通貨の発行権を持っています。日銀の大きな役割は、物価の安定と通貨の信用と金融システムの維持です。その日銀と政府との関係はどうなのかというと、政府が株式会社である日銀の55%の株式を持っています。つまり親会社と子会社の関係になっていますから、その間の貸し借りは会計上相殺されます。ちょうど、一家の家計の中で、私が妻から金を借りる、また相互に金の貸し借りをする。夫婦喧嘩のもとにはなるでしょうけれど、外部の人にとっては関係のないことです。それと同じような話なのです。国は「借金だ」と言っているけれども、その国債を子会社の日銀がどんどん買っているわけです。親子会社の関係ですから、債券・債務の関係は相殺されてしまう。返済の義務もないし、金利を払う義務もない。それを永久に続けようと思えば続けられないことはありません。ただ、それには制約があります。それは何かというとインフレ率です。インフレ率がどんどん上がってくることになると、政府が無制限に日銀に国債を発行したり、日銀が市場から買い取ることはできません。インフレ率が大きな制約になるのです。しかしながら、今はデフレの状況ですから、インフレ率は何も心配する必要はありません。それよりも国民を豊かにすること、家計を豊かにすることを最優先で考えることが政治家の仕事であり、財務省の仕事であると思っています。(続く)