※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2024年5月30日(木)に行った講演の要約を掲載しています。

 今日は3つのことをお話したいと思う。1つ目は政局に関すること、2つ目は台湾に関すること、そして3つ目はアメリカの政治を操る勢力の大きな流れについて若干お話ししたい。

 今国会は6月23日(日)に会期末を迎えるが、岸田首相が解散に踏み切るのかどうか、自民党の若手・中堅、特に選挙に弱い人達は「いつ選挙になるのか」と戦々恐々としている。ところが、岸田首相は危機感が全くないように見える。皆さんもテレビでニュースをご覧になっていて、そのことを強く感じていると思う。与党の党首として、これだけ厳しい状況にあるのにも関わらず、全く危機感があるように思えないし、トップがそんな感じだから、自民党全体に本当の危機感があまりにもなさすぎるのではないだろうか。

 思い返してみると、私自身が参議院議員に初めて議席を得た頃に、ロッキード事件があり、自民党は大混乱に陥った。その時、私共若手議員も毎日、夜を徹して「これから自民党をどうしたらよいのか」と激論を交わした。当時、青嵐会という集まりがあって、党内で右寄りの人達、中川一郎さん、浜田幸一さん、石原慎太郎さん、玉置和郎さん、中尾栄一さん、中山正暉さん達が激しい議論をやっていた。一方で、河野洋平さんや藤波孝生さん達も激しい議論を交わし、そうした状況の中から新自由クラブが発足した。果たして今の自民党の中に、当時のような危機感があるのだろうかとつくづく感じる。

 当時、私は新自由クラブに誘われたがお断りした。西岡武夫さんや山口敏夫さん達と色々話をした中で、私は「党を出て行くのはよいですが、皆さんは何をやろうとするのですか」と訊ねた。汚れ切った自民党とはおさらばだ、党内でいくらモノを言ってもしょうがないから外へ出て新しい政治勢力を作るというのは、一つの選択かもしれないが、「目指す社会の姿かたち、そして基本政策が自民党とどう違うのですか」と訊いたのである。ところが、それに対する明確な答えは出てこなかった。「それでは皆さん方の新しい運動はいずれ失敗すると思いますよ」と率直に申し上げたら嫌な顔をされた。その時のやり取りを昨日のことのように思い出す。

 私は、党に残って仲間と一緒に「新しい自民党をつくる会」を立ち上げ、全国の党員に呼びかけて、中央で集会を開いて、党の再生に取り組んだ。その時のアピールの文書を私が中心となって作った。「自由民主党という政党は既に歴史的な役割を終えた」という書き出しで、これから新しい自民党を作るためには、一つの理想を掲げて国民の共感を得ながら進めていくという新しい理念・政策がなくてはいけないと主張した。衆議院の人達はすぐに政局に利用しようとするので、参議院でしっかりと基礎を作ってから、衆議院に呼びかけようと、全国の青年議員連盟や市町村支部の青年部などに呼びかけて集会を開いたのである。その後、衆議院に呼びかけた際に、真っ先に手を挙げたのが小泉純一郎氏だった。山崎拓氏、加藤紘一氏らと共に「これは大変よいことだ、何としても実行しなくてはいけない」と言って、熱弁をふるっていたことを思い出す。

 あの当時は本当に熱気があった。ところが今の自民党、私の知り合いの議員にも時々会うが、当時のような危機感は全く感じられない。このまま進んでいったら日本がダメになってしまうといった意識も全くない。「選挙がどうなるのか」「派閥がなくなってしまったから弱った」「資金集めがしにくくなった」という話ばかりで、自民党、そして日本をどうするかという議論が一向に出てこない。いよいよ末期症状になったなという思いがしてならない。

 一方、岸田首相については、私もよく知っているが、確かに人柄は悪くない。一昨年、総裁選挙に出た時には、「中間所得層に厚みを持つ国をもう一度取り戻す」と、かなりいいことを言っていた。私がかねてから主張してきたことと同じことを言っているので、その点においてはある程度期待をしていたが、首相に就任したら全く違った。まさにアメリカ政府やアメリカを動かしている連中の言いなりになってしまっている。(続く)