※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2019年5月22日(水)に行った講演の要約を掲載しています。

 令和という新しい時代が始まった。平成天皇のご退位に際してのご発言を拝聴し、一番印象に残ったことは、平成の時代に戦争に巻き込まれなかったことに安堵しているとのご発言である。昭和の時代、まさに敗戦という我が国の歴史上初めての経験をし、大きな犠牲を払った。あの戦争によって日本の人達ばかりでなく、世界の多くの人々が犠牲になった。こういう悲惨な戦争だけは絶対にやってはならないと、ご在位中常に無言のメッセージを発信しておられた。私はそのことを大変重く、ありがたく受け止めていた。激戦地となった国々や地域を訪問されて慰霊の旅をお続けになる。そのお姿を拝見する度に、平成の時代にこういう天皇陛下がおられたことは国民にとって大変幸せなことだとつくづく思った。

 令和の時代がどうなるか全く見当がつかないが、日本が戦争に巻き込まれることのないよう政治がしっかりと方向付けをしなくてはいけない。政治の責任はますます重くなっていていることを強く感じている。

 最近の日本を見ていると決して安心できる状況ではない。振り返ってみると、1989年に平成の時代が始まったが、その少し前、1985年にニューヨークのプラザホテルでいわゆるプラザ会議が行われ、先進国の間で急激な円高が合意され、日本の経済、国民生活が一変した。いわゆるバブル経済の時代、当時の東京23区の地価がアメリカの国土全体を買えるような価格にまで高騰した。日本の投資家や事業家が海外の資産を次々と買い込んだのも、あのバブル時代である。

 1989年、平成の御代が始まった頃にはバブルに陰りが出て、終焉に向かいつつあった。その後30年余の間に日本の総理大臣は18人交代した。安倍総理は2回やっているので、それを除けば17人となる。その歴代の総理大臣の中に本当に国民の為になる素晴らしい総理大臣がいたのかと冷静に分析しながら見ているが、どうも日本がよくなったとは思えない。今後明るい見通しがあるのかといえば、どちらかというと悲観的な見通しが出てくる。やはり政治の責任は大きいとつくづく感じる。

 今、世界の各地で紛争が起こっているが、トップリーダーの責任は極めて大きく、変なリーダーを持ってしまうと結局国民が酷い目に遭う。そうしたことを振り返ってみた時に、すべての紛争の根源になっているのが貧富の格差の拡大である。第二次世界大戦が終わる頃には、当時の超大国アメリカが自由主義陣営のリーダーとして戦後の支配体制の為に様々な秩序をつくった。終戦の前年(1944年)にニューハンプシャー州のブレトン・ウッズにおいて、44ヶ国が参加してブレトン・ウッズ会議が開催され、経済金融面において戦後の世界秩序をどうするかが話し合われた。いわゆるブレトン・ウッズ体制の下、IMF(国際通貨基金)や国際復興開発銀行(世界銀行)、
GATT(WTOの前身)という組織をつくった。そして1945年には国連を発足させるなど、様々な国際的な役割を果たそうという強い意思を当時のアメリカは持っていたと思う。

 しかしその後、アメリカの国力の衰退が進み、基軸通貨であるドルを守ることすら今日では難しくなってきているようにみえる。1971年のニクソン大統領の時に、金とドルとの交換停止をした後、アメリカのドルは完全なペーパーマネーになった。そのペーパーマネーであるドルが基軸通貨であるが故に今日まで信用を維持してきたのである。ペーパーマネーになればいくらでも輪転機を回して印刷ができるわけで、ドルの発行を増やし、それを世界にばら撒きながらドルによるアメリカの支配体制を続けようとした。しかしそれがいつまでも続くわけではない。今日その無理が様々な面に表れ、どう収拾を図っていくかアメリカ自体もなかなか結論が出ない。一方では戦争をやるしかないという強硬な意見もアメリカ国内には依然としてある。軍事産業や石油資本、金融資本が非常に強い力を持っている国であるから、戦争をやるしかないという勢力が強くあるのは間違いない。

 その一方でIT技術の進歩によって新しいブロックチェーン技術が生まれている。金融決済が銀行を経由しないような時代に入っていく中、果たして基軸通貨であるドルを守れるのだろうか。

 日本は55年体制といわれている政治体制の下、自由民主党と当時の最大野党であった日本社会党とが車の両輪のようになっていった。自民党は国民の生活の豊かさをつくり出す為の経済政策、所得政策に取り組んだ。富が蓄積してくれば、その富をいかに公平・公正に分配をするかということに社会党は力を入れた。その車の両輪がうまく噛み合って、本来資本主義では達成することのできなかった、いわゆる一億総中流社会を構築したのである。私はそのことが戦後日本の政治の最大の功績だと思っている。

 ところがその後、新自由主義の理論が一世を風靡した。政治的にその理論を実現したのがイギリスのサッチャー首相であり、アメリカのレーガン大統領だった。この2人が中心となって、新自由主義による政治を推進した。そしてその失敗が様々な分野で表れていたのにもかかわらず、小泉純一郎首相の時に竹中平蔵氏が中心となって新自由主義を取り入れ、日本でやらなくてもよいことをやってしまった。その結果が今日の状況になっていると確信する。

 私はかつて国会議員だった時に、予算委員会で歴代の総理に同じような質問をした。「自民党の政治で一番成功したことは何か?」、「どういう社会構造が日本に最も適していると思うか?」と質問したのだが、はっきりした答えが誰からも返ってこなかったので、私はその時に「本来、資本主義をそのまま進めていけば当然貧富の格差が生まれるのだから、社会主義的な分配政策をうまく取り入れながら日本的な社会を構築すべきだ。」と主張し、私の造語だが“円盤型社会”の実現を提案した。円盤の中心部の厚みがどのくらいあればよいのかは国民の皆様に選択していただくべきであるけれど、自由主義社会なのだから円盤の中心部の厚みは維持しなくてはいけない。しかしある程度の貧富の差はあっても、中間層に多くの国民が集約されている姿が日本にふさわしい最も公平な社会なのだということを主張したのである。

 振り返ってみれば、かつて池田勇人政権の時に所得倍増計画を発表し、多くの国民に受け入れられた。これは当時の国民の所得水準が低かったことの裏返しになるが、その延長線上で日本の経済成長が進み、GDPが大きくなり、一時期は世界第二位の経済大国になった。1人当たり国民所得も上位になった。

 当時の自民党の政権が“世界で2番目の経済大国をつくろう”とか、“経済成長を果たして大きな国をつくろう”と考えていたのかというと、決してそうではない。GDPが世界で2番目になったとか、国民所得が世界で有数の国になったというのは、あくまでも「結果」であって「目的」ではなかった。その目的は何かといえば、国民一人一人の生活の豊かさをどうつくり出すかということであり、それに向けて一生懸命に考え、政策を総動員した結果として中間層が大きく拡大し、それほど金持ちではないけれども貧しいわけでもないという実感を持った人が圧倒的多数になった。これは素晴らしいことだったと思う。

 先般、ジェローム・パウエルFRB議長が「アメリカの今の最大の問題は中間層が力を失っていることだ。」と話していた。アメリカというのはもともと富裕層が暮らしやすい国であり、1%の富裕層が国の8割以上の資産を占有する国だから、貧富の格差が著しい。ドルの番人であるFRBの議長までもがそういうことを言い出すほど、アメリカの社会がどうにもならない状況になっているということだろう。まさに今苦しんでいる先進国が目指すべき社会の構造を、日本はいち早く構築していた国なのである。それを何も自ら壊すことはないのに「官から民へ」のスローガンのもとに弱肉強食の競争社会を善として完全に壊してしまったのが小泉政権以降の今日までの政権だと思う。

 アメリカのトランプ大統領が5月25日から4日間の日程で来日するが、日米FTA(自由貿易協定)をトランプ氏は早くまとめたいと思っている。5月1日のアメリカの新聞は、トランプ氏と安倍首相が密約をしたと報じているが、参議院選挙が終わるまで引き延ばしをして、その後貿易交渉をまとめるらしい。

今、アメリカと中国は貿易交渉で火花を散らしている。アメリカの場合には単なる関税だけの話ではなく、知的所有権、サービスの問題にまで踏み込んでいきたい。中国側は、そこまで踏み込まれるのは内政干渉だとして基本的なことは絶対譲れないと、双方がエスカレートしている。

 確かに米中の貿易バランスを見てみると、圧倒的に中国の輸出超過であり、アメリカの貿易赤字の約半分が対中国の赤字であるので、アメリカにとって最優先の課題であることは申し上げるまでもない。その一方で、中国は貿易黒字でものすごく潤っているように見えるが、決してそうではなく、貿易は黒字だが、貿易外収支、経常収支全体でみるとどんどん黒字は減っている。IMFの予測によると、2022年頃には中国の経常収支がマイナスになると試算している。経済状況を見ても製造業がどんどん利益を減らしてきている。そこへ持ってきて、中国はオバマ政権時代にドルベースでの多額の借金をしている。中国の経済は絶えず外資を取り込んでないと回らない体質になっているので、当時多額の借金をした。その借金を今年から4年がかりで返済していかなければいけない。そこへ今度はFRBが利上げをしてきているので、ドルで借金をしていることが大きな痛手になっているのである。習近平国家主席は「一帯一路構想」を何とか実現したいと言っているが、その構想も外資を取り込んでいかないと回らない。とても中国だけの力でやり切れるようなものではない。

 米中間の貿易交渉において、トランプ氏の言うこともわからないではない。中国で「海亀族」と呼ばれている人達がいる。海外、特にアメリカに留学をし、現地の有名大学等で学んで技術を持ち返ってきた人達のことだが、その人達にしてみればアメリカで学んだ技術を中国に持ち帰って何が悪いのかという話になるが、アメリカにしてみれば完全に技術を盗まれたという思いを持つ。知的所有権がいかに大事であるか、それに対して中国は全く負担をしていないではないかという思いがトランプ氏には強くある。

 日本の様々な企業の技術も韓国や中国に持っていかれて、その企業が日本のライバル企業になっているケースが至るところにある。知的所有権・サービスの問題を放っておくわけにはいかず、トランプ氏が言うこともそれなりに理解はできるが、トランプ氏は長期的なビジョンをあまり持たず、目先の損得ですべてを決めていくような人だから、世界のこれからの時代のリーダーとして皆がなるほどと思うようにはならない。しかしながら、大統領選挙の時の公約は守る。公約通りに着実に実行しているから根強い支持があるのだと思う。

 来年、大統領選挙があるが、民主党の候補がなかなかはっきりしなかった。しかしここにきてテキサスの元下院議員ベト・オルークが名乗りを上げ、あっという間に支持が集まった。身長190センチ以上、46歳の若さで大変な雄弁家。オバマの再来と言われるオルークに対する期待は非常に強いと感じる。

 アメリカ社会をはじめ世界が分断されている状況の中で、日本はどういう選択をしたらよいのか。私は繰り返し主張しているが、とにかく大事なことは3つある。1つは、一億総中流社会の再構築。2つ目は、敵をつくらない外交。そして3つ目は、バランスの取れた国土計画をもう一度作り直すことである。

 今、国土を見回してみても、東京を中心としたほんの一部が繁栄し、潤っているだけで、ほとんどが疲弊している。なぜかというと、こういう国土をつくるのだという政治の意思がまったく働いていないからである。かつて田中角栄さんが総理になった時に、『日本列島改造論』という本をまとめて大きな話題になった。その列島改造論に大きな影響を与えたとされる方で、国土庁事務次官を務めた下河辺淳さんと私は長年親しくさせていただき、色々と教えていただいた。下河辺さんがある時、「亀井さん、国道1号線はどうして国道1号線になったのか知っていますか?」と話をされた。「日本の首都である東京と中京経済圏の中心都市である名古屋と関西経済圏の中心の大阪を繋ぐ道だから国道1号線にしたのではないですか。」と返答したら、違うと言われる。「もともと皇居と伊勢神宮を繋ぐ道だから国道1号線にしたのです」と教えてくれた。交通ネットワークの整備をはじめとする国土計画はまさに政治主導、政治の意思であって、経済の論理でできたわけではないことを証明している。明治時代のリーダーが偉かったと思うのは、国土全体を見て、バランスよく発展するようなことを常に考えていたことである。旧制高等学校や旧帝国大学にしても、バランスよく人材が育つように配置されていた。そういう政治が機能していたから日本の国土は順調に発展したのだと思う。

 ところが、今や全く国土計画というものはなく、経済の論理に任せてしまっている。安倍内閣が推進している特区も私から言わせれば、まったく間違った政策である。特別に能力を持っている地域であるとか特別な企業、人材が集まっているところに集中的な支援体制をとることによって全体を引っ張っていこうというもので、これは竹中氏の考え方である新自由主義にもとづくトリクルダウン現象と同じである。そういう特別な区域がいくらできたからといって、全体がよくなるようなものではない。特区制度は法律の特別な扱いをするわけだから必ずそこに利権が生まれる。その利権をめぐって猛烈な争いが起きる。森友・加計問題のようなことが起きてくる。政策的には全く間違いだと言わざるを得ない。(続く)