※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2019年5月22日(水)に行った講演の要約を掲載しています。

 次に消費税についてだが、1989年に導入して、97年に3%から5%に引き上げ、そして2014年に現行の8%になった。3%から5%、5%から8%に引き上げた時は、両方とも急激な消費の落ち込みを招いている。それを回復するまでにいずれも3年くらいかかっている。消費税の税率を上げることはいかに消費を冷やすか、既に実証済みなのである。2016年に安倍首相は消費税率の引き上げを先延ばしすると言って選挙をやった。先延ばしすると言って反対する人はほとんどいないので、自民党が圧勝した。その時の記者会見で安倍首相は、今後社会保障費を赤字国債の発行で賄うようなことは絶対にやらないと述べた。だから消費税が必要なのだと言おうとしたのだろうけれど、再度引き上げを延ばさざるを得ないような状況が出てきた時に、どういう釈明をするのだろうか。既に幼児教育・保育の無償化の為の法律を準備し、2019年度予算で約3,882億円を計上している。消費税率が上がることを織り込み済みで予算化しているのだから、今回消費税の引き上げを延ばすことになれば新たな財源を作らなくてはならないが、その時には公債発行以外に方法はない。一体どうするのだろうか。

 私がずっと言い続け、歴代の総理にも財務大臣にも申し上げてきたことだが、高齢化が進み、ますます社会保障費が伸びていく中で、これを一般会計で賄うのは到底無理な話なのだから、社会保障特別会計をつくり、その財源は消費税を目的税にして賄うようにすればよい。年金・医療についても、将来像はこうなります、その為にはこれだけの財源が必要ですから、皆様、社会福祉目的税としての消費税の負担をお願いしますと言って国民に理解を求めれば、多くの国民は納得されると思う。ところが財務省は絶対に反対である。なぜかと言えば、所得税や法人税と比べて消費税ぐらい安定して収入が得られる税はないので、それを社会保障に特定せず、他のことにも使いたい。だから特定財源にしないで一般財源のままにしておきたいのである。

 ところが今、消費が全く伸びない。先日GDPの2019年1-3月の速報値が発表され、前期比0.5%増、年率換算で2.1%増となったが、これがプラスに出ること自体がトリックのような話。内需が落ちているけれど外需が伸びてプラスになっている。しかし外需の伸びというのは、消費が落ち込んで輸入が極端に落ちたことによる。輸出が2.4%減り、輸入が4.6%減っている。その結果、純輸出がプラスになったから、それがGDPの計算上機能してプラスに出たというだけの話である。全く消費が伸びていないし、設備投資もほとんど伸びていない。先般発表された景気動向指数を見ても、6年2ヶ月ぶりに悪化となった。政府自身が経済が悪化していることを認めたことになる。こういう状況で消費税を上げることはできるはずがない。またやってはいけない。野党の皆さんにも、消費税を凍結するのではなく、消費税率を下げる、あるいはやめるぐらいのことを主張してほしいと思う。

 驚いたことに、今政府の歳入は所得税、法人税、消費税の3つの税金よりも最も大きいのが社会保険料収入なのである。社会保険料収入が大きいということは社会保険料が上がっているということだから、多くの勤労者にとっては実際に収入が減っている一方で、税金が上がったのと同じことになっている。

 今、実質賃金が下がって、家計の可処分所得が減っているのだから消費が伸びるはずがない。買いたい物があってももう少し様子を見て、買うのはやめておこうという気持ちになってしまう。だからこそ可処分所得を増やすことに集中的に政策を振り向けるべきだし、中間所得層を中心にした所得減税を思い切ってやるべきなのだ。そしてその財源は、例えば外為会計に貯まっている為替差益金を充てれば、それだけで十分に賄える。

 最近、新しい経済理論が出てきており、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授が「MMT理論(現代貨幣理論)」を提唱している。日本の現状を見て彼女はMMT理論を打ち立てたと話している。財務省は1,300兆円の借金があって大変だと、これを返済しないと財政破綻すると言っているけれど、自国通貨を持っている国が債務超過で破綻することは絶対にないというのがケルトン教授の考え方。国が借金をしてもそれを上回る金融資産を保有していれば心配ないというのである。確かに日本は財政破綻したことはないし、国の予算が編成できなかったこともない。2019年度の予算にしても100兆円を超えているが、それをちゃんと編成している。なぜできるのかと言えば、国債を発行しているからだ。その国債は今までは市場が引き受けていた。ところが量的緩和政策が進み、デフレ解消の為に日銀の黒田総裁は異次元緩和ということで、国債を市中からどんどん買っている。今、政府が発行している国債の4割は日銀が持っている。本来政府が借金した分がそのまま市場に出ていけば、通貨供給量も増えるわけでインフレになりそうなものだが、インフレは全く起きない。未だにデフレに苦しんでいる状況である。

 日銀と政府は今や一体である。本来日銀は金融の独立性を維持しなくてはいけないが、政府と一体になっているわけだから連結決算で見た方がいい。連結で見てみると、日銀と政府の金融資産残高が1,125兆円、負債残高は826兆円。まだ300兆円ほど資産の方が多い。十分に国債を消化できる力がある。だからドルがおかしくなってくると円が強くなる。日本は外国に借金をしているわけでもないし、国債を引き受けてもらっているわけでもない。国内で回しているわけだから何も心配する必要はないというのがケルトン教授の見方である。それよりもデフレを解消する方が重要だと指摘する。

 財務省は、国の借金は大変だと、後世にツケを残してはいけないと言うが、国民は借金をした覚えは全くない。政府が借金しているだけのことで、政府の国債を一般の国民が購入すれば、それは国が破綻しない限り最も安心できる金融資産である。政府にとっては借金だけれど、買った人にとっては資産なのである。それが今、国民と政府の間ではなく、日銀と政府の間でやり取りしているのだから市場には影響はない。国債をどんどん発行して、日銀が間接的に市場から買っている。それを日銀がずっと抱えていれば日常生活に何も大きな変化はない。

 ベーシック・インカムという言葉を聞かれたことがあると思う。ベーシック・インカムというのは、家計の可処分所得が少ないから、ある程度以下の所得の人に毎月お金を配る。それによって景気を刺激する政策だが、日本ではなかなか受け入れられない。怠け者を作ってしまうのではないかという考え方もある。そういうことをやるよりも、思い切った財政政策により、公共投資を増やして間接的に国民生活に回ってくるようなことを一方でやりながら、もう一方では直接的に所得減税を行い、国民の可処分所得を増やして個人消費の拡大を図るべきである。これ以上社会保険料を上げて国民を苦しめることはやめて、少しでも家計にゆとりが生じてくる政策を思い切って実行するべきだと思う。

 香港にフィリピン人をはじめ外国人の労働者がたくさん入っている。香港で働いているフィリピン人家政婦は約20万人、その他の国を含め38万人の外国人家政婦が働いている。その人達が母国へ送金する時に、今までは最大手の送金サービス会社が使われ、1回の送金をするのに日本円にして200円強の手数料がかかっていた。そこに目をつけたのがIT企業のアリババである。そのアリババ傘下のアント・フィナンシャルが「アリペイ」というシステムを導入した。いわゆるブロックチェーン技術を使って銀行を全く経由せず、スマホを使ってあっという間に送金できてしまうのである。香港からフィリピンへの送金が年間8億ドル、日本円で約800億円以上、またマレーシアからパキスタンへの送金が年間10億ドル、約1,000億円以上が、手数料がかからずに送金できてしまう。2018年6月から始まったこのサービスが急激に伸びており、中国を中心にアリペイの利用者が10億人いる。アリペイの最高幹部が話していたが、あと5年~10年の間に20億人に増やすと言うのである。

 世界銀行の調査によれば、今世界で17億人が銀行口座を持っていない。銀行口座を経由して金融決済をすることが難しい時代になってきている中で、こういった新しいサービスが出始めているのである。中国では今、習近平国家主席が「科学技術強国」と言い始めた。科学技術院での演説でも科学強国を強調し、その一番中心となるのはブロックチェーン技術だと言っている。ブロックチェーン技術を使うと、金融決済が銀行も経由しない、ドルも使わないでできることになるわけで、基軸通貨であるドルに大きな風穴が開くことにもなる。しかも習近平は一帯一路構想を実現する為の重要な拠点として、マレーシア、パキスタン、フィリピン、インドネシアという国々を狙っている。国策に沿った形でアリババのような大企業が新たなビジネス展開をしているということで大きな脅威を感じる。

 日本でも銀行が大変危機感を持っており、三菱UFJフィナンシャルグループがつい先日、高速データ配信を手がけるアメリカのアカマイ・テクノロジーズ(本社:マサチューセッツ州)と提携し、クレジットカードやデビットカードあるいは電子マネーなどの決済を一元的に行うシステムの構築に取り組み始めた。ブロックチェーン技術を使ったサービスをどんどん進めているのである。

 インターネットによって世の中が変わり、生活様式も人間の価値観も変わったというが、今度はそれを上回るIoT、AIやブロックチェーン技術の進歩によって、世界の人達の生活様式がまた変わってくる。そこで思い出すのは、若い頃に見たチャーリー・チャップリンの映画『モダン・タイムス』である。科学技術の進歩によって人間性が否定され、人間らしい社会が失われていくという風刺映画だったが、今にしてそういう時代が本当に来たのだなという思いがする。

 ここでもう一度原点に返って、国民一人一人の幸せとは何か、生き甲斐とは何なのかを改めて考え直す時代になってきたのではないかと思う。数年前、ウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領の演説が大きな波紋を呼んだ。“もっと、もっとということでは人間は幸せになれない”。昔から日本の言葉にもあるように「衣食足りて礼節を知る」、「足るを知る」ことが人々の安心に繋がることだと思う。

 相田みつをさんの言葉に「かねが人生のすべてではないが 有れば便利 無いと不便です 便利のほうがいいなぁ」というのがある。お金というのはそういうものだと思う。お金に振り回されるような世の中で皆が幸せになったかというと決してそうではない。貧富の格差を解消していく。そして日本の平和な時代がこれからも続いていくように政治がしっかりしてほしいと心から願う。(了)