大型台風の直撃、北海道での大地震と、大変な自然災害が頻発する年になっている。これは日本ばかりではなく、世界的な異常気象によって、今までの常識では全く考えられないようなことが世界で起きている。そういうことを見るにつけても、世界が大きな転換期を迎えている予感がする。経済や金融というものを超えて、人間の価値観そのものが変わっていく時が来ているように思う。

 そういう中で自民党の総裁選挙が始まり、9月20日(木)には総裁が決まる。本来は政権政党のトップリーダーを選ぶという国民にとっても重要な選挙なのに、こんなにシラケた何の期待感も持てない選挙はなく、国民は全く関心を持っていない。結果はわかりきったことで、安倍さんの信任投票のようなことになるのだろう。

 安倍政権は今の大きな時代の転換期において、日本をどういう方向に導こうとしているのか、どういう社会をつくろうとしているのか、そういうメッセージを全く発信しない。しかも安倍政権の政策の誤りを正そうと、党内で意見を言おうものなら大変な目に遭い、石破茂氏も手を挙げてはみたものの、野党みたいなことを言うなと言われてシュンとなってしまい、積極的に安倍政権の政策の誤りを正し、対案を示すわけでもない。「正直」とか「公正」と言っているけれど、これは政策以前の話であって、リーダーとしての資質に関わることである。総理ばかりではなく、一般の国会議員にしても地方政治家にしても「正直」、「公正」は当たり前のことで、そういうものを当然持っている人だからこそ、有権者から選ばれているはずである。とにかく森友問題にしても加計問題にしても、一般の人達の多くが、あれは嘘をついているなと思っているのに、何の説明もしないまま時が過ぎてしまっている。

 かつて佐藤栄作さんが総理の頃に「信なくば立たず」という言葉をよく使われた。どんなに素晴らしい政策を実現しようと思っても、国民から信頼されていなければ上手くいくはずはない。安倍さんが何を言おうが国民は信頼していない。それにも関わらず安倍さんを支持するのは、自民党以外に頼りになる政党がない現実の中で仕方がないからだと言う。安倍内閣支持率の中身を見ても「自民党内閣だから」、「他の党よりもマシだから」といった程度のことしか支持の理由として挙がってこない。野党が極めて弱小であることの裏返しで、自民党がそれだけ多くの議席を占めてしまっている。その上に君臨して独裁的な手法をますます強くしているのが今の安倍政権だ。安倍政権の2本の柱である安倍さんと麻生太郎さんが、自分達の祖父である吉田茂さん、岸信介さんを誰よりも尊敬しているという。個人的なことなので、そのことに対してどうのこうのとは言わないが、吉田さんにしても岸さんにしてもアメリカと一体化を進めていく路線を敷いた政治家である。それが日本の為だということで、吉田さんはサンフランシスコ講和条約以来の親米路線をずっと進めていった。特にGHQの絶対支配の中で、GHQの後ろ盾を得ながら独裁的な長期政権をつくった。岸さんはその路線に乗って1960年(昭和35年)に日米安全保障条約の改定を大変な国民的議論、混乱の中で実行したわけで、日本の安全保障政策のいわば基本的な枠組みをつくったのである。

 しかしながら、今の世界情勢は当時の情勢とは全く異なっている。冷戦構造も既に過去のものとなり、中国の台頭、中東におけるロシアの存在感の増大など大きく変わってきている。アメリカの総合的国力の衰退によって世界が大きく変わろうとしているのである。そういう時に親米路線の延長線をただ走っていれば日本の将来が明るいものになるとはとても思えない。ところがそういう捉え方をしている人が自民党の中に見当たらない。

 小泉元首相がかつて「自民党をぶっ壊す。」と言った。私はその時に「自民党を壊すだけならいいけれど、日本を壊してしまう。」と言ったのだが、まさに今その通りになっている。自民党は見事に壊されてしまった。私がいた頃の自民党というのはこんな政党ではなかった。

 振り返ってみれば、あの当時いわゆる「三角大福中」という派閥のリーダーが、しのぎを削り政権争いをやっていた。あの時の三角大福中の中には野党よりも極端な政策を打ち出している人もいたわけで、もともとは三角大福中のなかの田中角栄さん、福田赳夫さん、大平正芳さんは自民党の保守本流の流れを汲んできた人達だが、中曽根康弘さんは改進党から自民党に合流した人であり、三木武夫さんは国民協同党という、言ってみれば現在の社民党よりももっと左寄りと言ってもいいような政党からスタートして改進党、民主党と移り、最終的に自民党に合流した人だから、保守本流の人達とはかなり理念の違いがあった。それを自民党という政権政党の大きな枠の中に入って、党内で激しい議論を交わしていた。与野党の論戦という以前に、党内で猛烈な論戦を常にやっていたのである。それは権力闘争であると同時に、理念・政策の争いでもあった。それが自民党のダイナミズムというか、活力ある自民党をつくったわけで、国民の多種多様な意見を自民党の中に汲み上げていく機能を持っていたのである。

 従って政権を担当するグループは「主流派」と言われ、主流派に批判をし、政権に加わらずに党内野党で頑張る人達が「反主流派」、その中間の人達が「中間派」あるいは「非主流派」とも言われた。時の政権が国民の信を失った時には、自分達が次の政権を担うというだけの覚悟を持ち続け、常に勉強を続けていた。また一方において、権力闘争の行き過ぎによって色々なスキャンダルもあった。

 佐藤長期政権が終わった昭和47年に田中角栄さんと福田赳夫さんが激しい「角福戦争」を戦った結果、田中さんが政権を取った。福田さんの側近だった小泉さんにはその時の怨念が強くあって、とにかく田中派絶対支配の自民党を変えなくてはいけないと、当時の「YKK」(山崎拓、加藤紘一、小泉純一郎)をつくった。小泉さんが「自民党をぶっ壊す。」と言ったのは、田中派絶対支配の自民党を壊すことだった。これは物の見事に成功したと思うが、一方で小泉さんは無茶苦茶な改革をやった。改革の本丸と公言した郵政改革は全く意味がなかったというか、日本にとって大変なマイナスだったことが、現に今の郵政事業や民営化された郵政グループ会社の実態を見ればよくわかる。

 小泉さんの後、安倍さん、福田康夫さん、麻生太郎さん、一時民主党政権の後に再び安倍さんと、麻生さんを除けば今度は清和会支配の自民党となっている。その人達にとってみれば“我が世の春”ということだろうけれど、国民にとってみれば極めて極端な政策に偏った政党になってしまったということである。それに対する批判勢力を封じ込める、選挙の公認権をはじめ、人事や資金を見せつけるようなやり方をするのでみんなビクビクして何も物を言わなくなってしまう。最近の自民党の総務会の様子を聞いてみても、昔の総務会とは全然違ってしまったという。自民党の古い体質、悪しき体質を正すことは必要だったと思うが、自民党のよき伝統まで壊してしまった。

 アメリカと事を構える必要は全くないので、アメリカとの協調関係を維持するのは当然のことだが、しかし日本はアメリカの植民地でも属国でもないのだから、アメリカに対しても世界に向かっても日本の自主的な路線を堂々と示していくだけの気概が政治家になければ困る。トランプ大統領という極めて異質の個性的な大統領が出てきたが、そのトランプ氏が自分なりの世界観を世界に示しているかというと決してそうではない。アメリカ第一ということで、アメリカの国益を最優先していく。それぞれの国のリーダーが、それぞれの国の国益を最優先するのは当然で、そのことに対してとやかく言うことはできないが、やはりトランプ以前のアメリカの大統領には世界の秩序をどう構築していくか、その為の責任をアメリカとしてどう果たすのかを明確に自覚していたリーダーがいたのである。

 トランプ氏にはそういうことは全くない。世界のリーダーから信頼も尊敬もされず、パートナーができない。そういう中で安倍首相がトランプ大統領に擦り寄って、トランプ氏の言うことは何でも聞きますよというようなことをやっていれば「シンゾー、シンゾー」と可愛がられるのは当然のこと。さもトランプ大統領と最も親しいリーダーだと誇示するようなことをやっているけれど、アメリカやトランプ政権にとってはこんなに都合のよい政権はないだろう。

 結局、現在の世界の混乱を見ていると、中東にしてもヨーロッパ、アメリカにしても日本、アジア諸国にしても世界全体が、社会の様々な格差があまりにも大きくなり過ぎてしまったことの弊害で苦しんでいるのが現実である。もともとアメリカはごく一握りの富裕層が全体の富を占有するという社会構造になっていたが、それがもっと極端になってしまっている。

 世界全体を見ても、世界の金持ち上位8人の総資産が36億人分の資産に匹敵する。上位62人が持っている総資産が世界の約半分の資産を占有しているのが現状である。もともと中間層に厚みと力があった日本においても2%の人が全体の20%の資産を占有するという歪んだ社会に変わってしまっている。いわゆる新自由主義を政治的に政策として取り入れた政権、イギリスのサッチャー元首相によるサッチャリズム、アメリカのレーガン元大統領によるレーガノミクスという政策を実行して、富める者をますます豊かにして全体を引っ張り上げるということをやろうとした。その失敗が今や世界全体を混乱させているのに、安倍政権はなぜそのことに気が付かないのだろうか。

 自民党政治の最大の功績は、世界の資本主義の国がどこもつくることができなかった一億総中流社会と言われる、中間所得層に大変厚みのある、力のある社会を構築したことだが、小泉政権以降それを完全にぶち壊した。いま先進国を含め、どこの国もそういう極端な格差社会を正さなくてはいけないという思いで苦しんでいる。日本はそのお手本になるような社会をせっかくつくったのに、それを自ら壊してしまった。

 最近、90歳を超えて政権に再び復帰したマレーシアのマハティール首相。かつて「ルックイースト」、東の方を見よと言った。要するに日本に学べということ。まさに中間所得層に大きな力を持つ日本独自の社会を自由主義に基づいてつくったことに学べということだった。その後、マハティールさんが政界を引退される時に、「日本から学ぶべきものは何もなくなってしまった。」と言われ、更には「日本の失敗に学ぶべきだ。」とまで言われた。そのマハティールさんが政権に復帰されたということは、やはり今のマレーシアの政治的混乱を救うには、強力なリーダーシップと確固たる政治理念を持った人が必要だという有権者の判断だったと思う。

 今、中国が習近平の独裁化を進め、覇権的な政策をどんどん進めているが、いわゆる一帯一路構想についてもマハティールさんは「一帯一路は結構だけれど、中国の覇権主義に基づくやり方には反対だ。」と堂々と物を言っている。このような見識をわが日本のリーダーにも持ってほしいと思う。

 今、安倍政権の政策を見ていて、外交も安全保障も経済も財政も金融も全てアメリカの言うとおりに動いている。しかしアメリカそのものが衰退をしていく時に、アメリカ路線で進んでいって上手くいくという見通しは全く出てこない。外交面でも「敵をつくらない外交」と私はいつも言っているが、中国の台頭を考えた時に、必要な防衛力は持つべきだと思うが、しかしその防衛力を使わずに済む環境をつくることが政治の最も大切な役割である。だが、安倍政権がそういう外交政策をとっているとは思えない。ますますアメリカと一体となって敵を増やすようなことになっている。とにかく色々な国を安倍首相が訪問して、中国に負けじとばかりにお金を出すような話ばかりをしている。お金を出すのも、お互いにパートナーとしてこういう世界をつくりましょうという一つの政治理念があって、それに基づいて日本のやるべきことをやり、負担すべきものは負担するというのならよいのだけれど全くそういうことではない。これでは金の切れ目が縁の切れ目になってしまう。

 また加計問題に象徴されるように産業競争力会議をつくって、その下で特区を各地でつくっていくようなことで、特区の選定などをやっている。その推進役を未だに竹中平蔵氏がやっている。竹中氏の考え方はまさに新自由主義の考え方、特区制度も地方に競争政策を導入していくというやり方であり、結果としてますます地域格差を生み出すことになる。それぞれの地域の中でも格差をつくることになり、また日本全体の地域の格差をつくることにもなる。そしてまたどういう地域を特区に選定するかということにおいて、新たな利権が生まれてくることも必然なのである。このようなやり方で地方が振興するとはとても思えない。やはり日本の国土をどう形成するか、日本全体の国土計画がきちんとあって、それに基づいて適切な投資を行い、また人材を投入していく、技術を集積し育てていくということをやらなければ、今のやり方でいくら地方創生と言ってもできるはずがない。

 とにかく経済の論理だけに任せて政治が機能しない。そういうことを続けていたら、ますます一極集中は加速するし、地方が衰退して、地方の過疎化・高齢化・少子化はますます極端になっていく。結局、議席の配分もそれに基づいて是正されるということになれば、ますます地方の政治力は衰退していくことにならざるを得ない。やはりどういう国土を形成するのか、政治がきちんと示してリーダーシップを取らなければ、地方創生はうまくいかない。

 こういう大きな課題がたくさんあるのに、なぜ自民党の総裁たらんとする人がそういうことを言わないのか不思議でならない。既に安倍さんの再選が確実だと思われるのでポストの争い、猟官運動に目に余るものがある。安倍側近と言われる人達がますます存在を誇示するようになっている。ますます独裁的になってしまわないか、その行く末が非常に心配である。