6月12日(火)にアメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による初の米朝首脳会談がシンガポールで開催される。
 

 2人とも極めて特異な個性を持ったリーダーであり、常識では計れない性格を持っている。双方が駆け引きをしながら会談は一旦中止となったが、予定通り開催することになった。

 大きな背景を考えてみると、近年いわゆる新自由主義に基づく経済・金融政策によってアメリカ国内の所得格差、地域格差の広がりが非常に顕著になり、アメリカ社会のどうにもならないような行き詰まり状況のもとで2016年にトランプ氏が大統領に選ばれた。
 

 トランプ大統領にしてみれば「アメリカ・ファースト」と言っているように、国内を安定させることが第一で、大統領選挙の時にもそのことを公約に掲げ、アメリカ第一主義を実現すると主張してきた。特に秋に控える中間選挙での勝利を狙い、もともとのトランプ支援層を繋ぎ留めていくと同時に、支持層を広げていきたい考えである。

 一方で、中東情勢が非常に危なくなってきている。アメリカにとって朝鮮半島と中東を比べてみれば、中東の重要度は遥かに大きい。特に大きな影響力を持っているアメリカのユダヤ人社会からしても、またアメリカとイスラエルとの関係を考えてみても、比較にならないくらい重要な問題となっている。朝鮮半島で事を構え、中東で事を構えるようなことは今のアメリカの力からして到底できることではない。当面、朝鮮半島は大事に至らないようにしておきたいというアメリカの事情がある。
 トランプ大統領は「北朝鮮は遠いところだ。」としきりに言っている。北朝鮮の核兵器がアメリカ本土まで届かない状況にさえなっていれば、アメリカにとって直接の脅威ではない。今度の米朝首脳会談は予断を許さないが、この1回の会談ですべてが解決することにはならないと思う。米朝関係を正常化させていく為の入口の話し合い、双方のトップがある程度の信頼関係を作ることができれば大成功ということだろう。
 北朝鮮にしてみれば、トランプ大統領が何をするかわからない。TPPからの離脱やイランの核合意からの離脱ということからみても、約束をその通り履行するような相手とは思えない不安がある。ある程度、約束事を裏書きする環境作りが必要になってくるので、中国の習近平国家主席と二度も話をしたり、ロシアのラブロフ外相と協議をしたりしている。外交戦略からみても相当強かなやり方だと思う。

 

 朝鮮半島を巡る関係6ヶ国の中で、韓国と北朝鮮は南北朝鮮の融和の流れを作ろうとしており、特に韓国の文在寅大統領は自分の代で南北朝鮮の融和を定着させたいという意欲を持っている。そして南北朝鮮の融和の流れに合わせ、北朝鮮と中国、北朝鮮とロシア、北朝鮮とアメリカは水面下だけでなく表舞台でも色々な話し合いを行ってきているが、日本だけは全くそういう外交努力をやっているようには見えない。

 

 米朝首脳会談によって一つの流れができていった時に、金正恩委員長からすれば、まず今の体制をアメリカにも認めさせて、国際的にもそれを定着させたいというのが第一義。次には北朝鮮の経済発展、民生の安定を具現化していきたい。その為にいろんな条件も出してくるだろうし、アメリカにも協力を求めるだろう。

 トランプ大統領が「遠いところだ。」としきりに言っている背景には、北朝鮮により近い国々が支援するのは当然ということを暗に言っているわけで、米朝関係がよい方向に進んだ時に、北朝鮮の発展の為の経済的協力、特に日本にはアメリカのやれないことをやってほしいという狙いが明らかにある。韓国との間は、国交が正常化された段階で戦時賠償の話は終わっているが、北朝鮮とはそういう話し合いは全くなかった。米朝関係が正常化して、今度は日本と北朝鮮の関係という話になれば、戦時賠償の話も表に出てくるだろうし、それだけにとどまらず、色々な経済支援を求められることになるだろう。
 当時国である北朝鮮は無論だが、中国にしてもロシア、韓国にしても日本と直接話をするよりも、アメリカと話をつけてしまえば日本はそれに従わざるを得ないと足元を読まれている。特に安倍政権は外交的にも軍事的にも経済的にもアメリカに対する依存度、従属度が極めて強い。そういうことが見えているからアメリカと話をすれば日本は言う通りになると思われてしまう。
 

 拉致問題はまさにその典型。本来、北朝鮮と日本との問題であり、水面下で色々な努力をした上でアメリカの協力を得ることは重要だと思うが、日本が今、水面下であらゆる手を尽くして拉致問題を前進させようとしているようには見えない。安倍首相はトランプ大統領に米朝首脳会談で拉致問題を提起するよう何度も頼んでいる。アメリカにとっては朝鮮半島をどうするかという軍事戦略と全く次元の違う話。拉致問題は二国間で解決の道を探るべきではないか、自分にばかり頼まれても敵わないというのがトランプ大統領の本音だと思う。

 拉致問題が解決しない限り日朝の国交正常化はあり得ないというのが安倍政権の建前だが、北朝鮮にとって日本が唯一の経済支援を求められる相手であれば、日本が強く出ても北朝鮮は応じざるを得ないだろう。ところが今の北朝鮮は日本に対して外交的なアドバンテージを持っている。既に多くの国と国交を結んでいるわけだし、関係6ヶ国の中でも、日本を除く国とはそれぞれ話し合いをしている。双方の信頼関係ができ、正常化した中で、引き続きこの問題を解決していこうということならば可能性としてあるのだろうが、安倍政権は自分で自分の手を縛って、拉致問題を解決しない限り、正常化にはならないという建前にこだわっている。確かに拉致された人の家族の気持ちを思えば、拉致問題の解決が最優先というのは当然のことだが、本当に拉致問題の解決を実現するには北朝鮮に対する高度な外交努力の積み重ねが不可欠であるにもかかわらず、トランプ大統領に頼むばかりで、その動きは一向に見えてこない。非常に心配なことである。
 

 結果的に、北朝鮮は日本の要求に応じないのに、日本が経済協力を最大限やらざるを得ないという方向にどんどん追い詰められていく可能性がある。そこをどう打開していくかが最も大事なことのように思う。

 中東情勢はイスラエルが国際的にますます孤立してきている中で、イランの攻勢によって、イランとイスラエルとの軍事的な対立がますます激しくなってきている。その背後にはロシアの存在が大きくある。シリア、イランに加えて、もともとNATOの一員だったトルコも反イスラエルの姿勢を強めており、ロシアとアメリカとのバランスを取り直すように変わってきている。必ずしもアメリカの言いなりになるようなことではない。イスラエル寄りだった湾岸のアラブ諸国、中でも最も関係の深いサウジアラビアが極めて政治的に不透明な状況になってきている。
 イスラエルの孤立が強まる中、自らのスキャンダルで何度も事情聴取を受けているネタニヤフ首相が、国内での自分の立場を守る為に外に向かっていく可能性もある。中東で現実に戦乱が起きることになれば、軍事的なことだけでなく、国際金融、国際経済に直ちに大きな影響が出てくる。アメリカとしては、朝鮮半島を巡る問題は何とか穏便に進めていきながら、中東に集中したいというのが本音ではないだろうか。