※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2024年5月30日(木)に行った講演の要約を掲載しています。

 台湾はどこから見ても主権国家である。一国二制度と言われるような筋合いではないので、私はよく「台湾は、中国共産党の統治下に置かれたことは一瞬たりともない」と話す。もともと台湾が1895年から1945年の終戦までは日本統治だったわけである。その日本は決して植民地政策を実行したわけではなく、日本の一部という立場に立って様々な政策を実行したから、台湾の人達が未だに「日本統治時代はよかった」と話す。その後の蒋介石政権があまりにもひどかったから、その反面もあるのかもしれないが、日本統治を懐かしむ人達はたくさんいたわけである。

 上下水道も日本より早く整備した。台北の総統府の建物にしても東京駅を思わせるような建物で、東京駅を設計した辰野金吾の弟子だった長野宇平治が設計し、その基本設計に森山松之助が手を加えた。総督府は当時のまま今も総統府として使われており、4基のエレベーターのうち1基は当時のものがまだ使われている。

 児玉源太郎第4代総督の下で、民政長官を務めた後藤新平さん、そして後藤さんと力を合わせた新渡戸稲造さんをはじめ、素晴らしい人達が台湾で統治をされ、近代の台湾の基礎を作ることに大きく役立った。教育の普及もそうだし、風土病をなくすための医療政策も見事に成功した。農地を増やすためのダムの建設も行い、それによって国民の収入がものすごく増えた。先人が素晴らしい足跡を残してくれたことによって良好な日台関係の基礎を作っていただいたのである。

 今、若い人達が観光に台湾に行かれて、一様に話すのは「料理が美味しく、日本人の口に合う」「治安がよく、安心して街を歩ける」「日本人にものすごく親切。ホテルやデパートでは日本語で対応してくれる」。初めて台湾に行った日本人観光客は台湾が好きになる。だけどそれで終わってしまったのでは、台湾との本当の交流はできない。台湾の人達の苦難の歴史をよく理解をして、その上で仲良くしていきましょうということにならないと、今後の日台関係は安心できる状況にはならないと思う。

 台湾有事があって、もし仮に台湾が大陸の領土になってしまうということになると、日本を取り巻く状況は一変する。北にロシア、西に北朝鮮があり、中国がある。日本が警戒しなくてはいけない国ばかりである。今、南に台湾の存在があり、台湾海峡を自由に航行できるが、もし大陸の領土に入ってしまったら、南にも警戒しなくてはいけない状況に陥ってしまう。

 台湾のTSMCは熊本に工場を作るとともに、アメリカにも工場があり、更に新工場を作りつつある。世界の「産業のコメ」と言われている半導体は、いまや台湾を抜きにして語れない。あれだけ小さな国でこれだけの力を持っているのはたいしたものだなとつくづく思う。

 そして、台湾の方々の大多数は大陸に呑み込まれたくないと思っている。香港の姿を見ているので、あのようにはなりたくない。かといって、大陸と事を構えることもしたくない。現状を平和裏に維持したいというの台湾の多くの人達の本音である。現状を平和裏に維持するために、日本として何ができるかを真剣に考えるべきだと思う。日本は平和憲法を持っている。台湾有事になった時に、自衛隊が一緒になって戦うことはできない。日本として何ができるかと言えば、台湾の皆さんが望んでおられるように、有事にならないための環境をいかに作るかということである。日本の外交力を集中して、同じ思いを持っているアジアの国に呼びかけて、日本が主体的な役割を果たしていくべきである。そしてそのことについては、世界の人達もよく理解をしてくれると思う。台湾と日本との関係は、先程申し上げたように深いつながりがあるわけだから、お互いに理解をし合いながら、アジアにおける民主国家として役割を果たしていくことが何より大切なことではないかと思う。

 台湾にとってこれから難しい局面が色々あると思う。頼清徳新政権になってから、台湾周辺で中国が軍事演習を繰り返している。私の親しい台湾の友人はこんなことを言った。「大陸が一番困ることを日本がやってくれればいいのです。それは何かというと、もし大陸から台湾に軍事侵攻したら、日本をはじめアメリカも巻き込んで、多くの国々が直ちに台湾を独立国家として承認するというメッセージを出すことです」。

 今、中国も習近平体制が盤石ではない。一番問題なのは、地方財政が悪化し、すべての自治体が赤字になってしまったことである。だから地方公務員の給与も遅配するし、地方の警察官の給与も滞る。そういう状況が様々なところに出てきている。それと習近平氏の独裁があまりにもひどく、軍が自分に反旗を翻すかもしれないとの恐れがあるので、軍の粛清をどんどんやる。第二砲兵団という砲兵部隊を改組して、習近平氏の肝煎りで「中国ロケット軍」を作った。ミサイルやロケットの一元的管理をする強い部隊を作ったわけだが、ロケット軍の中に自分に反旗を翻す人物がいるかもしれないという疑心暗鬼になっており、昨年秋にBRICSの会議がヨハネスブルグで開かれた時に、行きは飛行機で北京からヨハネスブルグに直行したが、帰りは北京に直接帰らずに新疆ウイグルで飛行機を降りて、そこから列車で帰った。それは自分の乗っている飛行機が落とされる危険性があると感じたからであろう。そして帰国後、ロケット軍の幹部を一掃した。また、つい先日は習近平氏が作った「戦略支援部隊」が使いものにならないということで、元の姿に戻すと発表したばかりである。

 中国のGDPについても、李強首相は5.4%の経済成長などと言っているが、とんでもない話で、5.4%の成長なんてあり得ない。中国の内部は、習近平グループと、いまだに根強い江沢民グループ、もう一つは昨年の共産党大会において出席者の面前で恥をかかせて引き取らせてしまった胡錦涛元主席、急死した李克強元首相を中心とする中国共産党青年団のグループである。14億人いる中国の人口の中で共産党員は9,000万人くらいだが、その中で圧倒的に多いのが共産党青年団である。習近平グループや江沢民グループはもともとエリートが多く、いわゆる2代目、3代目が多い。労せずしてよいポジションに就ける。ところが、一般の人は共産党青年団に入って、地方組織から積み上げて実績を残し、中央の組織に入る。それまでには大変な苦労が要るわけで、その頂点にいたのが胡錦涛氏であり、李克強氏だったわけである。習近平氏にしてみれば彼らは邪魔になる。急死した李克強氏も権力闘争の中に巻き込まれて亡くなったのではないかと思う。

 中国は決して安泰ではない。今の習近平体制が崩れれば、中国共産党の支配が終わりになるということだと思う。国民の生活がどんどんひどくなる、物価が上がってくるという状況は行政の幹部に言ったところで埒が明かない。結局、その上に君臨する共産党支配体制がまずいのだと必然的になってくる。習近平氏がどこまで頑張るかはわからないが、そう遠くないうちに共産党体制が崩れていく可能性があるかもしれない。そのこともよく注視しておいていただければと思う。(了)