※私が主宰する「政経文化フォーラム」において、去る2020年11月16日(月)に行った講演の要約を掲載しています。

 中国の話に移るが、習近平政権はますます独裁化を強めている。先般、第19回全人代(全国人民代表大会)が開かれたが、とにかく自分の後継者は一切つくらない、ウイグルやチベットの問題など国内で難しい問題を抱えているので軍部を完全に掌握しなくてはいけない。ところが、人民解放軍の中には必ずしも習近平国家主席を絶対視する人達ばかりではない。この人達を何とか自分の方に向かせなくてはならないので、相当思い切った軍の粛清をやってきているようである。

 もともと中国共産党の政治は、軍事力と警察力を完全に掌握し、強権的な手法で政治を進めていくので、軍部を掌握できるか否かは一番大事なポイントになっている。かつて江沢民氏が鄧小平氏から国家主席を譲り受けた時に、軍が反発してなかなか思うように動いてくれなかった。そこで鄧小平氏は、国家主席を江沢民氏に譲ったけれども中央軍事委員会の主席は自分が握ったままだった。鄧小平氏が軍事委員会の主席を継続することによって、江沢民体制を支えてきた経緯がある。

 現在は習近平国家主席が中央軍事委員会の主席も兼ねている。軍が言うことを聞かざるを得ないよう相当思い切った粛清をやって、言うことを聞かない連中を排除している。

 習近平国家主席がアジアのみならず世界の覇権国家を目指していることは明らかである。覇権国家を実現するためには、アメリカを凌駕する経済力を持たなくてはならない。今まで覇権国家になった国を歴史的に見てみると、大英帝国をつくったイギリスにしても、第二次世界大戦の少し前から今日まで覇権国家として君臨してきたアメリカにしても、何をもって君臨してきたのかというと、圧倒的な軍事力の他に私は3つのポイントがあると思っている。

 一つは「情報」である。情報を一元的にコントロールする力、習近平主席は最近、特に通信主権を重要視しており、5GやAIの主導権を握ろうとしている。

 二つ目は「科学技術」である。近年の中国科学技術院での習近平主席のスピーチなどを見ていると、とにかく科学技術で他国に先んじた存在になるのだということを強く主張している。このため、国家戦略として5GやAIの開発に集中的な力を入れてきている。5G関連の特許の出願数、取得数は圧倒的に中国がトップである。科学技術、特にIT技術について、中国が世界全体を牛耳ろうとしているのである。

 もう一つ最も大事なのは「金融」である。1944年のブレトン・ウッズ会議で決済通貨としてのドルが決められて以来、今日まで続いてきた。米連邦準備制度は、国立の機関ではなく、特定の金融資本がつくったシステムであり、彼等がコントロールする連邦準備銀行がドルの発行権を持ち、実質的に中央銀行のような役割を果たしてきた。ところが、1971年のニクソンショックといわれたドルと金との交換停止と、その後のアメリカの国力の低下によって基軸通貨であるドルの信用が次第に落ちてくるようになってきた。そこで最近は、世界中でドルを中心とした世界の金融支配に代わるシステムを構築しようと、デジタル通貨が大きく取り上げられるようになってきた。民間が発想したビットコインもずいぶん大きな力を持ち始めているが、今度はデジタル通貨を各国の中央銀行が発行しようとしており、デジタル通貨と自国通貨と二本立てでやっていく動きが出てきている。デジタル通貨が通用する範囲がどんどん広がっていくと、実質的に決済通貨としてのドルの力は失われていく。それを意図的にやろうとしているのが中国である。

 習近平主席にあらゆる権力が集中している中で、情報や科学技術、金融が一元的に管理されるようになってくると、日本にとっても大変厄介な話になってくる。

 今アメリカの空白に乗じて中国は香港への統制をますます強めており、とうとう民主派の15人の議員が辞任することになった。国家安全法というのは極めて厳しい法律で、少しでも反政府的な言動をとっただけで、逮捕されてしまう。また、共産国家ではよくあることだが、お互いを密告するような社会を意図的につくろうとしている。それだけにものが言えなくなってしまう。民主派の議員の人達は、国際世論がバックアップしてくれない限り、香港は絶望的だと言い始めている。

 また、台湾に対しても相当厳しいことが始まりつつある。私にとって台湾は非常に親しい国だが、今強い危機感を持っている。先般、アメリカ国務省の高官が台湾を訪問して、蔡英文総統と色々話し合いをした。武器も相当思い切って台湾に提供している。アメリカは「台湾関係法」に基づいてそういうことをやっているわけで、裏を返せば台湾を国家として認めているのである。そのことを表向きは明白に言えないことから、法律をつくって、それに基づいてバックアップをしている。それに猛烈に反発をしているのが中国政府である。

 アメリカが混乱している中で軍部に対して政治の力が働かないことになると、台湾海峡で何かが起きる可能性もないわけではない。

 尖閣諸島をめぐっては、中国海警局の沿岸警備の船がどんどん大型化しており、頻繁に領海の中に入ってきている。それに対して、日本は抗議をしているが、もし偶発的な衝突が起こった時に今の海上保安庁の警備体制ではとても対応できるものではない。

 尖閣の問題でいつも思い出すのが、先日亡くなられた台湾の李登輝元総統の言葉である。李登輝さんとは長年にわたって大変親しくさせていただき、台湾に行くといつもお目にかかっていたが、お会いする度に「亀井さん、日本は何をやっているんですか。アメリカに対しても、中国に対しても、もっと堂々と言うべきことは言わなくてはダメですよ。」と厳しいことを言われる。ある時、尖閣の話になり、李登輝さんがこんなことを言われた。「もともと尖閣諸島というのは旧琉球王朝の所領だったのですよ。台湾の漁船は琉球王朝の許可を得て操業していました。一方、沖縄の漁民もそこで操業し、沖縄の本島に持ち帰るよりも台湾の方が近いので、台湾のキールン港に水揚げしていました。そして、キールンには沖縄の漁業者の人達の漁業基地がつくられていました。そういう歴史的な経緯があり、もともとは旧琉球王朝が持っていた島なのです。琉球王朝が沖縄に変わって、その沖縄が日本に復帰したというのであれば、当然、日本のものなのです。」

 台湾の馬英九政権が一時期、尖閣は自分達のものだと主張していたが、李登輝さんは「あれは間違いです。台湾人の自分が言うのだから間違いありません。」とおっしゃった。「台湾人の自分がそのことを台湾で堂々と主張しているのだから、日本の人達はそのことをもっと強く言わなくてはダメです。」と強い口調で言われたことがある。日本の政治家でそういうことを言う人はほとんどいない。このままどんどん踏み込まれていって、いつの間にか、なし崩しに尖閣諸島が中国のものになってしまう可能性がないわけではない。南沙諸島や西沙諸島では、なし崩しどころか、一部に基地を建設したりして既成事実化してしまっている。中国の拡大主義、覇権主義は、日本にとって相当な脅威になってきているように思う。台湾を攻撃するミサイルはだいぶ前から中国の沿岸に多数配備されている。当然、そのミサイルは少し射程を伸ばせば日本にも届くわけで、日本も中国のミサイルの射程距離の中にあることをよくよく考えておく必要があるだろう。

 中国の覇権主義に絡んで思い出すのはインドネシアのことである。インドネシアは建国の父・スカルノが晩年になって判断能力を失っていたこともあるのだろうが、中国によって共産化されそうになったことがある。その時に、危機感を持ってクーデターを起こしたのが、のちの大統領になるスハルト氏を中心とした陸軍の中堅幹部であり、インドネシア国内において1万数千人の共産党員を殺害した。その中心人物でスハルト氏の盟友だったのがアリ・ムルトポ将軍である。彼らの行為が欧米のジャーナリズムから批判を受け、アリ・ムルトポ将軍は中央から外され、私が1974年にインドネシアを訪ねた時には、戦略問題研究所の所長をやっておられた。私との意見交換の中で、アリ・ムルトポ将軍は「中国によって危うく共産化されそうになり、何とか凌いだが、中国の拡大主義、覇権主義はこれからもずっと続きますよ。それはアジア諸国の安定のために絶対にやらせてはならない。そのために一国だけで何かをやろうとしても無理です。自由主義と民主主義を共有する国が力を合わせて中国の拡大を防いでいかなくてはいけない。インドとASEAN諸国、台湾、韓国、日本が連携をとって、中国を抑え込んでいかないと将来危ないことになりますよ。」と言われた。私がまだ34歳の時。50年近く前の話だが、今の中国のやり方を見ているとその時に将軍が言っていたことをよく思い出すのである。

 アメリカやカナダは中国のファーウェイを目の敵にしているが、考えてみると、ファーウェイの創業者は元軍人であり、中国共産党と一体になっていることは間違いない。先日、中国のIT大手のアリババのジャック・マー氏が系列の電子決済サービス最大手のアントグループの株式を上海と香港の市場に上場しようとして、上場直前まで行ったが、突然上場を取りやめた。政府の規制政策を批判したマー氏の発言に習主席が激怒したことが原因だったようである。政経分離とは言っても経済人が勝手なことをやるのは許さない。とにかく自分の指導の下に中国の中央の戦略、戦術に基づいて商業活動をやらなければ許さないということの意思表示だったのではないかと思う。ジャック・マー氏も本当のことは一切言わない。恐らくそういうことが背景にあったのではないかと思う。

 こういう状況の下で日本は中国にいかに対峙していくのか、日本にとって最大の課題だと思う。果たして今の菅政権で対応できるのだろうか。極めて心許ない気がする。菅総理はアメリカの力を借りて中国と対峙していきたいとの思いだろうが、バイデン政権では必ずしもその通りには進まないのではないか。バイデン政権は中国と様々な形で駆け引き、取引をしながら安全保障政策も外交政策も進めていくのではないかと思う。

 朝鮮半島情勢も極めて厳しい。更にロシアのプーチン大統領も強かな政治家であり、北方領土の問題にしても簡単に片付くような話ではない。(続く)