アメリカで次期大統領にトランプ氏が選ばれたことは、まさにアメリカ社会の行き詰まりを象徴している。トランプ氏は選挙に勝たなくてはいけないから、選挙戦でずいぶん極端なことを言っていたが、アメリカを実際に動かしている従来からの水面下の力がなくなっているわけではない。外交評議会をはじめとして、そういった力がトランプ政権に対して強く及んでいくことは間違いない。最近、発表されている人事を見ても、選挙中に強く攻撃していた金融界や石油業界から人材を登用しており、既存勢力との話し合いが進んでいるように見える。
また、連邦準備制度にトランプ氏は挑戦的なことを言っていたが、FRBの仕組みに手を入れることは政治的に極めて危険なことであり、なかなか思い通りにはできないだろう。選挙では極端なことを言って勝ったけれど、かなりバランスの取れた政策を実行せざるを得ないだろう。ただ言えることは、外交や国際的な安全保障ということより、トランプ氏を支持した多くの有権者の期待に応えていく為にも、アメリカの経済を再生し、雇用の場を増やし、所得を増やすことに最優先で取り組むことになってくると思う。
従来から私は言ってきていることだが、ロシアの存在感はますます大きくなってくるだろう。中東情勢もロシアがどう動くかで方向が決まることになりつつある。ヨーロッパの主要な国々もロシアとうまく連携しないとやっていけない状況になってきている。国内基盤がますます安定してきているプーチン氏が自信満々で色々な手を打ってくることになると思う。以前、このコラムでも若干触れたが、プーチン氏はアメリカとヨーロッパを分断しながらEUの連携にくさびを打ち込み、ヨーロッパの求心力を弱めて、ロシア主導で西ヨーロッパからロシアを経て日本海に至る大ユーラシア経済圏のようなものを構築する野望を持っているのではないだろうか。今度の北方4島における日本との経済協力もその一環ではないかと私には見える。
そういう流れを見ていくと、今は日米関係で言えばドル高・株高になっているが、もう少し長期的に展望するとドル安・株安になってくるように見える。アメリカも製造業を再構築するということになってくると、アメリカの製造業が製品を国内向けばかりではなく、海外に輸出することで収益を得るとすればドル安が良いに決まっている。トランプ氏の政策が顕在化してくると、自ずからドル安になってくるだろう。
グローバル経済は国境を越えて動き回る巨額のお金と情報によって、それをうまく利用した人達はますます富を蓄え、アメリカでは1%の富裕層が9割の富を占有していると言われるが、世界的に見ても62人の大富豪が世界の富の半分を持っているという極端な社会になっている。竹中平蔵氏がよく言っていた「トリクルダウン」現象は起こるはずがない。飽くなき利益の追求、富を増やすことへの執着によって、ますます一部の人達が富を蓄えるだろうが、その富がしたたり落ちることはなく、多くの人々の貧困化が加速することになってしまう。資本主義が無秩序に進むと必ずそうなるわけで、それに対して共産革命を起こさなくてはダメだというのがマルクスやレーニンの考えだった。その共産主義社会がうまくいかないということが証明されて、ソ連が崩壊したはずなのだが、その後のインターネットの普及や金融のグローバル化によって資本主義社会が行き着くところまで来てしまったということかもしれない。
最近の各国の政治的な動きを見ていると、既存の政党や国家機関に対する信用が全くなくなって、賞味期限、使用期限が過ぎたというか、今の時代に全て合わなくなってきた。その結果、想像もしないような政治状況が出てくる。イタリアでも「五つ星運動」が力を強めている中で、来年選挙が行われる。フランスも極右政党の動きが活発になっている。ドイツもメルケル首相の指導力に限界が来ている状況である。
まさに後世の人が今の時代を振り返った時に、インターネットが世界を変えたと言うだろう。そのいわば始まりになっているのではないかと思う。インターネットは使い方によっては確かに便利なものだが、極めて危険な部分もある。情報があっという間に世界中を駆け巡る。そのことによって国境を越えて人間の意識が変わってしまう。そういう中で各国がこれから様々な模索を続けながら、社会をなんとか再構築しようとしていくことにならざるを得ない。私はやはりここで根源的な人間の価値観、何の為に人間は生きているのか、人間の幸せは一体何なのか、そういう根源的なことをもう一度しっかり考え直していく時期が来たと思う。そうした価値観を捉えた人達が住んでいる地域、決してそれほど豊かではないけれど、その地域に住んでいることが幸せなのだというように思える人達が健全に育ってくることが一番大事なことだと思う。
今、インターネットやスマートフォンに踊らされ、自分では掴めるはずのないようなものを一生懸命追い求めたりして、そういう中でどうしようもない挫折感を味わったりする。スマホで情報に振り回され、ゲームに明け暮れているうちにますます一人一人の人間が孤立感、疎外感を深め、起こってはならないような犯罪が続発するような社会になってくる。人間が幸せになる為に考えたはずの様々なテクノロジーが人間をどんどん不幸にしていくということになりつつある。
長い歴史を通じて、人間はお互いに支え合い、助け合って生きていくものだとごく自然に信じてきたのが日本である。恵まれた自然環境の中でもう一度共助・共生の社会を全国どこの地域においても改めて構築していく方向に向かえば、経済的な発展のスピードが少々スローダウンしても決してそれだけで不幸せになるとは思えない。要はここでみんながもう一度立ち止まって、本当に生き甲斐や幸せを感じられる社会をつくろうという動きが出てくることに期待をするし、私は日本であればそれができると信じている。まさに今こそ日本の出番が来たのではないかと思う。